Mag-log inどうしよう。 この距離なら迅くんの声も聞こえちゃうかもしれないし、なんて言えば。 ドクンドクンと心臓の鼓動が聞こえる。 呼吸も上手くできない。 立ち止まり、動けずにいた時だった。 孝介のスマホが鳴った。 彼はポケットからスマホを取り出し、相手を確認している。「父さん?」 お義父さん!?このタイミングで? 誰でもいい。お願い、電話に出て!「もしもし?どうしたの?」 孝介が電話に出た瞬間、私は走り出し、玄関から飛び出した。 靴など履いていられない。「おいっ!!」 孝介が私を呼び止める声が聞こえたが、無視をした。 エレベーターを使わず、階段をかけ下りる。「迅くんっ、助けて」 電話がまだ繋がっているため、彼に思わず助けを求めた。<わかってる。今向かっているから。とりあえず、孝介に見つからないようなところへ隠れて> 息が切れる。 後ろを振り返る勇気がなかった。 マンションのエントランスから外へ出て、近くの公園まで走る。孝介が追ってくることはなかった。「はぁっ……はぁっ……はぁ……」 呼吸を整えようと、深く息を吸ったり吐いたりするので精一杯だ。<大丈夫か?今、どこにいる?> あっ、まだ電話繋がったままだ。「近くのっ……。公園にいるよっ」<もうすぐ着くから> 迅くんからそう言われた数分後、見たことのある車が近くに停まった。「大丈夫か!?」 迅くんと亜蘭さんが迎えに来てくれた。「大丈夫」「とりあえず、車に乗ってください。あっ!美月さん、足、どうしたんですか?」「慌てて出てきたから。靴も履けなくて」 そういえば、足裏が痛い。「暴れんなよ?」「キャッ!」 迅くんが私を抱えてくれた。「ちょっ、迅くん。大丈夫!歩けるから!もしかしたら孝介が近くにいるかもしれないしっ……」 私を追いかけて、近くにいるかもしれない。「別に見られても問題ない。靴履いてないって言えばいい」 そのままの理由でいいの!? 彼に抱えられたまま、亜蘭さんが運転する車に乗った。「とりあえず、俺のオフィスに行くから。そこでいろいろ説明する」「わかった」 逃げるように出てきてしまった私を、孝介はどんな風に思ってるんだろう。 私が帰った時の孝介の取り乱し方、尋常じゃなかった。 何があったの?迅くんなら何か
<バカ女にはキツく言っておいたし、一発殴っておいたから。本当にごめん。俺は美和のことを愛してる。たとえ今は難しくても、きっともうすぐ――><いつもそう。もうすぐだからって。結局、あの女と別れてくれないじゃない> リアルな会話、他人事じゃないのに。 まるで昼ドラとか深夜ドラマのシーンみたい。<ごめん。俺がもっと上の立場になれば。社長になれる日もそう遠くはないから!だからその時まで待っていてほしい><ごめんなさい。今日はこれで帰るね>ちょっと、待って!美和!> 二人の話はまだ続きそうだったが「証拠としては十分だな。不愉快だから、切るよ」 そう言って迅くんは画面を消した。 美和さんの様子が明らかに変だ。 ふぅと息を軽く吐いた後「美月。ごめん。今日この後、用事があって。時間までここに居てくれていいからゆっくりしてな。もし殴られたところが痛み出したら言って?医者呼ぶ。亜蘭にも伝えておくから」 迅くんはそう言ってくれた。 忙しいよね。「うん。わかった。ありがとう」 彼とはまた会えるのに。なんだか寂しい。 見送ろうと立ち上がると、頬に当たらないようにギュッと抱きしめてくれた。「ちょっと充電」 彼のことがわからなかった時は拒んでしまった時もあるけど、今は彼の胸の中が幸せ。 彼が仕事に行ってしまったあと、ソファで傾眠してしまった。 夜中あまり眠れていないのは、変わらない。 あんなベッドで熟睡できるわけがない。 帰ったら、孝介が待っている。 時間がきても<帰りたくない>そんな気持ちの方が強い。 弱音、吐いちゃダメだ。 仕事に行っていたと見せかけるため、ベガの退勤時間に合わせ帰宅をした。 鍵を開けると、孝介の靴があった。部屋に居るんだ。 リビングに行くと、孝介がテレビも見ずに座っていた。「ただいま」 声をかけるも無言。「ご飯、何時にしますか?」 その時――。 孝介が「お前のせいだ」 そう言ったのが聞こえた。 今、お前のせいだって言った?私、今日は何もしてない。「どうしたの?」 恐る恐る、彼の後ろ姿に声をかける。「お前のせいで、今日も彼女の様子がおかしかった。お前がこの前、美和さんに変なこと言うから、きっと傷ついたんだ」 カメラの様子を見ていたから、本当は私も知っている。 孝介は怒鳴るわけでは
しばらく待っていると、目の前に見覚えのある車が停まった。「乗って」と迅くんに合図をされ、助手席に座る。「ごめん。ありがとう」「いや、大丈夫。とりあえず、車走らせる」 向かった先は、彼のプライベートオフィスだった。「座って」 そう言われ、ソファに座る。「マスク、外して?」 彼の言う通りにマスクを外した。「まだ少し腫れてるな」 彼に優しく触れられる。「大丈夫。ちゃんと写真も撮ったよ」 隠しカメラに映っていると思うけど、自分でもDVの証拠になればと写真を撮った。「ごめん、辛い思いさせて」 迅くんは私の手を握ってくれた。「どうして迅くんが謝るの?迅くんが居てくれるだけで、私は助かってる。ありがとう」 私がそう伝えても、目線を下にどこか悲し気な顔をしている。今の迅くんらしくない。「迅くんの方がもっと大変な思いをしてきたと思う。だから私も負けない」 私が彼の頬に触れるとやっと優しい顔をしてくれた。「美月、今自宅は旦那と家政婦の二人きりなんだよな?」「そうだよ。きっと浮気してる。あっ!」 もしかして……。「今、家の状態が見れるの?」 あぁと彼は返事をした後「美月が教えてくれたDVの瞬間と孝介と家政婦の不貞行為の現場を記録としてまとめようと思っている。美月が居ない今日は、カメラの映像を見てみるしかないから。見るの、キツかったら見なくていいよ。見たいって思えるような映像でもないだろうし」 今は私が居ない、孝介と美和だけの空間だもん。きっとこの前みたいに、寝室で身体を重ねているに違いない。「見る。今この瞬間、あの二人が何をしているのか、現実を見たい。甘えかもしれないけど、今なら迅くんが近くに居るから大丈夫」 一人で見る気はしないけど、迅くんが近くに居てくれる今なら。「わかった」 彼はパソコンを開いて、自宅に設置してある隠しカメラの様子を確認してくれた。 あんな小さなカメラなのに、思っていた以上に鮮明に見えるんだ。 撮られている映像を見るのは、初めてだった。「まずはこれがリビング」 パソコンを操作しながら迅くんは教えてくれたが、リビングには誰も映っていない。 やっぱり――。「次に寝室」 マウスをクリックすると、そこには――。「げっ!」 思わず反応してしまった。「あ
孝介に殴られた次の日。 彼が出勤する時と同じ時間に起きてくることはなかった。 今日に限って仕事が休みなんだ。胃が痛くなりそう。 私はベガに出勤だけど、案の定、鏡で顔を見ると腫れていた。 それほど酷くはないけど、お化粧すると痛いし、マスクをして隠して行こう。 ベガに出勤すると「あれ?風邪ですか?」 マスク姿の私を見て、藤原さんに訊ねられた。「喉が枯れている気がして。乾燥するといつもそうなんです。保湿のために付けてます」 本当は何も問題はない。「ええっ!それは大変。私、本部に連絡するんで今日は休んでください!」 えっ、いきなり!?「あっ、でもこの間もお休みいただいたばかりで。いつものことなので、気にしないでください。熱とか、風邪症状は特にないですから」 この間、急遽フロアーを手伝った時にもお休みをもらっている。 それに、今日家に帰ったら孝介も居るし。帰りたくない。「慣れない仕事で疲れてると思います。もしかしたら風邪かもしれないので!私から連絡しとくんで大丈夫ですよ!」 藤原さんは私の話を聞いてくれない。 どんどん職員通用口へ追いやられている。 今日は平野さんもお休みみたいだ。 この間の藤原さんの言葉を思い出し、極力私に関わりたくないんだと肌で感じてしまった。彼女の勢いに負けて、お店の外に出てきてしまった。 どうしよう、迅くんに相談……。 ううん、仕事忙しいよね。亜蘭さんなら電話、出てくれるかな。 数回のコールの後、亜蘭は電話に出てくれた。<お疲れ様です。どうしましたか?>「お疲れ様です。あっ、えっと。今、話しても大丈夫ですか?」<はい。大丈夫です>「あの、実は……」 私が話を続けようとした時――。 一瞬、電話越しに迅くんの声がした。<ちょっ!待ってください。今代わりますから>「えっ?」 迅くん、近くに居るのかな。<美月。なんで亜蘭に電話すんの?> あっ、迅くんだ。「だって、忙しいと思って。仕事のことだし、下っ端がいきなり社長に電話するって普通はあり得ないでしょ」<美月はいいんだよ>「えっ?」<美月は特別。もし出れなかったら絶対かけ直すから。緊急だったら亜蘭でいいけど> 特別。 そんなこと言われて、ドキッとしてしまう自分がいた。<で、どうした?>「あ
来客用に借りているマンションに九条孝介の浮気相手である、飯田美和という家政婦を俺は呼び出していた。 俺の家政婦として契約をするためだ。「すみません。急にお願いすることになって。助かります」 シリウスの社長として、偽りの自分を演じる。「いえ。でも、どうして私なんですか?」 写真や映像で見たことはあるが、実物を見たのは今日が初めてだった。 孝介は、この女に好意を抱いている。 どこが良いのか俺にはわからないけど。 容姿か? 綺麗だと言われればそうなんだろうけど、特別感は感じない。「実は僕、家政婦さんを雇ったことがなくて。自分のプライベートな空間に、知らない人を入れるってなんとなく不安だったんですが、最近忙しくて。掃除とかできないのが現状で、信頼できる家政婦さんがいないかなって探していたら、九条社長に紹介してもらったんです。正直、こんなに綺麗な家政婦さんだなんて思いませんでした」 興信所の調査でどこのサービス事業者の家政婦かすでに把握はしていたが、怪しまれないように、九条社長にはチラッと家政婦の話をしておいた。「そんなこと、ないです」 彼女は俺のお世辞にニコッと笑ってくれた。 家政婦に依頼したい内容を伝える。 本当に住んでいるわけではないため、掃除くらいしかすることはない。「わかりました。基本的にお掃除をすれば良いんですね」「はい。お願いします。あっ、あと。本当はいけないことかもしれませんが、僕も孝介さんと同じように、美和さんって呼んでも大丈夫……ですか?」 家政婦は一瞬目を見開いた。 いきなりすぎたか? 本当はもっとゆっくりこの女を落としていくつもりだったけど、時間がない。美月をこれ以上傷つけたくない。孝介も何するかわからないし。「あっ。はい」 いいのか。「良かった」 自然と口角が上がった。「それで、美和さん。もし良かったらの話なんですが、このあと、何か予定とかはありますか?急な依頼を受けてくださったお礼に、食事でもご馳走できたらと思って。個人的な誘いを含んでいるので、美和さんの会社には内密にしてほしいんですが」 これも一種の賭けだな。 普通だったら断るところ、この女はどう出るだろう。 難しいと思ったが、家政婦の目が輝いていくのがわかった。「あっ。はい。私で良かっ
「私は自分を曲げないから。仕事だから、上辺だけは普通に接するけど。あんな余計な人がいない、いつものベガに早く戻ってほしいと思っているから」「おいっ!」 その後、急に静かになった。 藤原さんがフロアーかキッチンに戻ったみたい。 深呼吸をして控室をノックする。「失礼します。よろしくお願いします」 私が入室すると、平野さんの肩がビクっと動いた。「あっ。九条さん。お疲れ様です。今日もよろしくお願いします。この間はありがとうございました」「いえ。こちらこそ。ありがとうございました」 何事もなかったかのように、平野さんは今日の内容について指示してくれた。 フロアーに入ると、藤原さんがいた。 平常心、平常心……。「お疲れ様です。よろしくお願いします」 私が挨拶をすると「お疲れ様です。こちらこそ、よろしくお願いします」 表情明るく、軽く会釈してくれた。 さっきまで私に対してあんなことを言っていた人だとは思えない。 演技だと思うけど、すごいな。 問題なく、ベガでの仕事が終わり、帰宅をする。「なんか、疲れた」 ポスっと脱力したようにソファに座る。 孝介のことも、美和さんのことも。藤原さんも……。 短い期間だけど、ベガではうまくやっていきたい。 藤原さんに認めてもらえるよう、頑張らないと。少しずつでもいい。私が頑張れば、きっとわかってくれるはず。 こんなことで疲れたなんて言っちゃいけない。 そうだ。 美和さん、今日は途中で帰っちゃったから、食事を作ってないんだ。 孝介にはもう彼女から連絡があったと思うけど、私からも夕ご飯どうするか連絡しておこう。私が作った夕ご飯なんて、孝介は食べないよね。 孝介に連絡するも、返信が来ることはなかった。 二十時過ぎ――。 玄関の扉が開く音がした。 孝介、帰ってきたんだ。「おかえりなさい」 私が迎えに行くと――。<バシンッ!>「痛っ……」 孝介にビジネスバッグを投げつけられた。「お前、いい加減にしろよ」 一瞬でわかった。予想はしていたから。美和さんが孝介に今日のことを伝えたんだ。 美和さんを傷つけられたら、怒るよね。「いきなり、どうしたの?」 私は悪くない。 彼が怒っている理由は知っている。平静を保たなきゃ。 「昨日のスープの件、美和さんを問い詰め